高野山・熊野を愛する百人の会

Interview

匠インタビュー

2020.01.24

辻林 浩さん「世界遺産の道普請 生みの親」

知ってもらうことが、 守っていくことにつながる。


世界遺産登録推進室長として「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録を主導され、現在は和歌山県世界遺産センター顧問として、日々、保全活動や啓発活動に尽力されている辻林  浩さん。ボランティアの力で世界遺産の維持・修繕を行うユニークな活動「道普請(みちぶしん)」についてや、熊野古道への尽きない想いをお話いただきました。




辻林 浩(つじばやし ひろし)


2000年和歌山県世界遺産登録推進室長、2005年和歌山県企画部地域振興課分室世界遺産指導員を経て、2007年和歌山県世界遺産センター長、2019年同センター顧問(現職)。2011年より田辺市景観保全審議会会長。20164月より田辺市世界遺産熊野本宮館館長(現職)。世界遺産登録の意義や「保全と活用」の普及啓発、参詣道の保全活動や文化的景観の保全に取り組まれている。




―道普請をはじめられたきっかけはなんだったのでしょうか?


 私が和歌山県世界遺産センターに赴任した当時の古道は、至るところが傷んでいたり、土が堆積してしまって元の姿が見えなかったりと見た目にもひどい状態でした。そこで有志を募って、毎週1回、山に登って整備作業をしていたのです。そんなある日、作業をしていると道を歩いていた方から「何をやられているのですか?」と声を掛けられ、理由を話したところ「ぜひ、私たちにもできないか」と言っていただいたのが最初です。その方々は後日、ガレージセールで資材費(土代)をつくって参加してくださいました。以来、県のPRや活動に参加された方たちの口コミなどもあって、3万人以上のボランティアの方にご協力をいただいています。建物や仏像ならば、その修復は専門家でないとできません。道”という誰もが参加できるからこそ始められた事業で、世界遺産の中でも一般の方が参加して保全活動を行っているのはここぐらいではないでしょうか?


―現在は何団体ぐらい参加されているのでしょうか?


 初年度は3団体だったのですが、翌年には9団体になり、それからどんどん増えて、今では年間50を超える団体が全国各地から参加されています。リピーターの方も多く、5回来ていただくと感謝状を贈るのですが、一番多く参加いただいている団体は19回にもなります。企業としての活動を終えた後も個人でやりたいという方や、東北や北陸に転勤になられた後も道普請のためにわざわざ戻ってきて参加されている方もいます。本当にありがたいですね。修学旅行、CSR(企業の社会的責任)活動や研修の一環など、団体によって参加目的はさまざまだと思うのですが、私たちとしてはより多くの方に世界遺産を知ってもらうことができ、また、道がどんどん良くなっていくので大歓迎です。




―実際に道普請ではどのような作業をされているのでしょうか?


 作業としては、補修に使う土を土嚢に詰め込み、現場まで運び、「タコ」と呼ばれる道具で固めて整地するのが主です。また、横断溝や側溝の清掃活動も行います。1回土を入れると2・3カ月、長いところは6カ月ぐらいおき、固まるのを待ってから次の土を入れます。その間に、地表面に少しずつ腐植土などが積もって層になるので、土の断面を採取すると何回作業をしたかがわかるようになります。また、あえて補修に使う土も元々の土から変えており、後世の人が調査で掘り起こしたときに、本来どのような姿だったかがひと目でわかります。単に土を持ってきて終わりではなくて、どのような履歴でここまで補修してきたかを知ってもらうための材料も残す。文化財の整理の手法を用いて道普請をしているのです。


―現在の古道はどのような状況でしょうか?


 私が考える理想の状態からはまだ1割にも満たない状況です。今、行っているのはいわゆる「路盤」を作る作業で、「路面」を作る作業はまだまだこれから。現在入れている土も雨で流れやすいものなので、最終的には粘土質の山土で覆う予定です。それと、急傾斜は別として、階段はできるだけなくしてフラットにしたいと思っています。それらを全ルートやろうと思うと優に100年はかかるでしょう。重要文化財なので機械を入れるわけにはいかないので、手作業が基本になります。人間が持ち運べる距離は大体5600mが限界です。それも1回ではなくて何回か運ばなくてはなりません。たとえば、伏拝王子から水呑王子というところまでの傷みが結構ひどいのですが、距離が長いので若い男性がたくさん参加してくれたときにしかできません。だからといって安易に土木会社などへ請負工事に出すつもりはありません。それは道普請に参加して一生懸命作業していただくことによって、より世界遺産を守ろうという意識が広がっていく。それこそが、本当の保全につながると思うからです。

 

―雨が降ると気になりますか?


 やはり、気になりますね。大雨の予報があれば、センターのみんなで側溝などを掃除に行ってできるだけ水が流れるようにしています。突発的に降る時もあるし、寝ている時に降られると対応できませんが。先日、歩いたときに「あそこの溝が埋まっていたよな」というのがあれば必ず確認に行きますね。





―今日は地元の小学校の児童も道普請をされていましたね。


 県の次世代育成事業の一環です。バスをチャーターして和歌山県の小・中・高校生たちを招待し、午前中に講義を、午後は道普請を手伝ってもらったり、実際に古道を歩いてもらったりしています。体験授業が終わった後に、子どもたちから「今度、お父さんとお母さんを連れてくる」と言ってもらえるのが一番うれしいですね。大事な場所と認識してもらえている証拠ですし、そうすると家に帰って話をしてくれるでしょう。元々、ご両親はあまり興味を持たれていなかったとしても、子どもに言われて初めて気がつく、あるいは一度行ってみようかとなる。実際に「子どもが道普請をやりたいから家族でできますか」と問い合わせがありますし、年に何組かは家族で参加いただいています。子どもに知ってもらうことが実は一番広がっていくのかもしれない。この10年間やっていて強く思いました。今後は、そのあたりの企画ももっと考えていきたいと思っています。

 

―古道を歩く上で意識してほしいことはありますか?


 たくさんの人に歩いてもらえるのはありがたいですが、それだけ道が傷んでしまいます。底が固いトレッキングシューズで、強く蹴られると土の表面がはがれ凹みができ、そこに雨が降ると傷んでいきます。あとは先の尖ったストックで土を掘り起こされるのも同様です。キャップをするようにお願いするなど、注意書きを掲示しているのですが、なかなか徹底はできていません。また、この世界遺産はどういうものかと知ったうえで来ていただくことも大事だと思います。欧米の方々は自分たちで勉強されて来られる方が多い。彼らは一神教の人たちなので、多神教とはどういうものかに興味がある。「高野」「熊野」「吉野」という宗教の形態が全然違う3つが道で結ばれていて、しかも仲良くできているというのが彼らには考えられないみたいです。だから、その理由を知りたい。あとは、道普請の作業に出会ったら「こんにちは」と一言声をかけてもらえればうれしいですね。意識していただくことが「守る」につながっていくと思いますので。





―辻林さんのおすすめの場所を教えてください。


 滝尻王子方面から歩いてきて岩上王子を過ぎると谷川沿いの古道に出ます。途中「おぎん地蔵」という祠があり、江戸時代に京都のおぎんという芸妓さんが婚約者に会うために熊野を訪れる途中、山賊に襲われて亡くなったのを祀った場所といわれています。ここから湯川王子に至るまでの道はすぐ横に川が流れていて涼しげで、初夏の新緑は鮮やか、秋の紅葉は美しく、中辺路ルートの中で個人的にはここが一番のお気に入りです。

 

―古道をもっと楽しむコツはありますか?


 伏拝王子にお茶屋があって地元の女性に輪番で詰めていただいています。ちょっと一服していただけるとともに、外国の人も日本の人もそこへ来ると地元の人の話を聞くことができます。地元の女性たちも最初は外国の人とのコミュニケーションが苦手だと言っていたのですが、最近では全然臆さずに身振り手振りと片言の英語でコミュニケーションをとられています(笑)。世界遺産を見るだけでなく、その土地の文化を知ってもらうことが一番だと思いますし、地元の人と接することで今も生き続けている昔ながらの文化にふれることができます。単に歩いているだけではなく、昔はこうだったという話をすることによって、熊野をより知ってもらう機会にもなります。ルート上には休憩所が何カ所かあるのですが、このような施設をもう少し増やしていきたいですね。

 


―最後にメッセージをお願いします。


 豊かな自然に包まれながら古道を歩くとともにその文化的背景や精神的なものを知ることで、この世界遺産の本当の魅力にふれられると考えています。そのためには、日本固有の宗教形態であった「神仏習合」について少し知っていただきたいですね。そうすれば、「高野」「熊野」「吉野」がなぜ現代まで生き残れたのか、日本古来の宗教がなぜここで一番花開いたのかを分かってもらえると思います。そして、世界遺産本来の、紀伊山地が持つ意味合いを理解してもらえると思います。そのためにも、私たちももっと伝える努力をしていかないといけないですし、来られる方も少し勉強をしてきてほしいですね。そうすれば、歩いていてきっと違った景色が見られると思います。